栃木県小山市丹野歯科 3代目歯医者が往く!

栃木県小山市にて大正8年から開業している丹野歯科医院。3代目として受け継いだ若き歯科医師の日常を綴ります。訪れた人を幸せにできるような感動とやすらぎの歯科医院作りを目指して頑張りますので、温かく見守ってください!丹野歯科医院には、栃木県小山市、宇都宮市、下野市、佐野市、栃木市、足利市、真岡市、茨城県古河市、筑西市、結城市からも多数来院されています。

こんにちは!栃木県小山市丹野歯科医院 院長 丹野 努です。

最新のインプラントシステムを学びにポルトガルに行ってまいります。

1週間のうち、3日は飛行機移動、3日は研修、1日フリーという強行スケジュール

です。

無事に帰ってこれたら、ブログに詳細を書く予定です。お楽しみに!

クリニカ=マロHPはこちらから

あけましておめでとうございます。丹野歯科医院院長 丹野努です。

皆さんは、年末・年始はどう過ごされましたでしょうか。

ゆっくり休めましたか?

 年が明けて初めてのブログになります。明日から仕事初めということで、何を書こうかと悩んでいるのですが、自分への戒めも兼ねて、初心にかえるよう歯科医師になってから長年書き足している「名医を目指すため心得」なるものを恥ずかしながら公開してみようと思います。

「名医を目指すための心得」by丹野努

患者思いの優しい医師になる。

・その人、全身、仕事、生活、心、人生を診る。

主訴をできるだけ1日で解決する。

患者さんに安心感を与える。

・治療中に痛いと言わせない。

患者さんの訴えを良く聴き、その真意を探る。

麻酔は少量で確実に効かせる。

外科手術時、周囲組織の損傷を最小限にする。死腔をつくらない。

「様子を見てください」とできるだけ言わない。

補綴物の調整時に「強いて言えばどちらが高いですか?」と聞く。

患者さんとトコトン付き合い、患者さんに教わる。

患者さんの話を中断しないで最後まできちんと耳を傾ける。

治療後予想される痛み、不快症状等は必ず説明する。

挨拶する前に、必ず過去の状況、今日やる内容、時間などをチェックする。

自分は必ず前向きに、プラス思考で相手にエネルギーを与える気持ちで。

ネガティブ、マイナスな表現は避ける。「ベキ論」は避ける。

あやふやな表現は避ける。

医者が迷っていては患者も迷う、医者に自信がなければ患者は不安になる。

いつも冷静に、丁寧な治療、迅速な判断。

治療は素早く、口を開いている時間を短く。

面倒なことは進んでやる。

メリット、デメリットはセットで話す。

最善を尽くす。

1番難しい場所を最初と最後にチェックする。

痛くなく、噛める、長持ちを心掛ける。

費用、回数、治療内容、治療の結果、効果、痛みの発現を的確に話す。

・患者さんと対等な関係を保つ。

素人的発想を軽んじない。

決して奢らない。

努力を惜しまない。

自分に厳しく、人に優しく。

常に向上心、探求心を持つ。

思いこみは避ける。客観的に評価。

適切な診査・診断を怠らない。

治療計画を的確に立て、頭の中でシミュレーションする。

行き詰まったら、頭を冷やし、ニュートラルに。

もうちょっとだと思ったら、いったん手を止める。

納得が信頼を生む。

何事にも感謝の気持ちを持つ。

夢を語る。

責任を明確にする。

何事もバランスが大切。中庸。

やり直しは避ける。

患者さんの身になって考える。

心にゆとりをもつ。

基本に忠実に。初心にかえる。

むやみに歯を削らない。

ときには患者さんの言うと通りにやってみる。

 長くてスイマセン! 年を追うごとに増えていってしまっています。一応、全て実践しようと頑張っていますが、実際のところは・・・

 「名医=高名な医者、良医=良い医者」という言葉の捉え方から、名医より良医と言われる事もあるのですが、「名医=優れた医者」という意味もあるので、名医を目指すだけなら私のようなものでも許されるかなと思い、一応頑張って名医を目指しています。目指すだけなら自由ですよね

 散歩をしていたらいつのまにか富士山に登頂してしまった人なんていないですからね。

 名医の域にはまだまだですが、高見を目指すことによって、いつか何かが見えてくるかもしれません。

とりあえず今は一歩一歩精進していくのみです。

叱咤・激励のほど、よろしくお願い致します。

 

こんにちは。栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。  

 今マスコミの最大の話題と言えば、松坂投手のメジャーリーグ移籍です。難航したボストン レッドソックスとの契約も無事終わり、新聞やニュースもボストンの話題で持ち切りです。  

  私もボストンにあるハーバード大学にてインプラント研修をしたことがあります。ボストンはアメリカ発祥の地として有名で、英国をにおわせるような古い町並みが至る所に残る観光都市です。日本の京都と姉妹都市というのもうなずけます。  ボストンには、ボストン大学、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学など、名門大学が数多く存在します。ボストン市民の40%が大学関係者ということらしく、初対面の人にはどこの大学に在籍しているかを最初に尋ねる率が世界1高い都市だそうです。

 ハーバード大学では、インプラントの基礎医学、骨の再生、前歯部審美、イミディエートローディングetcについて学びました。その時に、学んだ知識と技術は今の臨床に大いに活かされています。  

 松坂投手のおかげで、ボストンがクローズアップされて、懐かしの風景や地名がニュースで流れるようになりました。開業した今となっては難しいかもしれませんが、またいつかボストンに行ってみたい今日この頃です。

 ハーバード1

ハーバード大学医学部中庭です。

これだけでもかなり広い!

美術館のような建物です。

ハーバード2

ハーバード大学歯学部校舎です。

日本同様、医学部の横にあります。

小さく写っている黒いのが私です。

 

ハーバード3

 

Tと呼ばれる地下鉄&路面電車です。

レッド、ブルー、グリーンラインがあります。

 

ハーバード4

 

世界のクロネコはボストンでも走っています。

こんにちは。栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。

  以前私が学生の頃、陸上競技部に所属していたことはお話しました。

中学の時の専門は、100〜400m(400mで小山市1位、栃木県3位

高校の時の専門は、400〜800m(鳴かず飛ばず

大学の時の専門は、800m(一応、全国歯学生大会で優勝しました。

 

 天性のスピード不足故、年を追うごとに徐々に距離を伸ばさざるを得ませんでした。中学の時、最初に100mを始めた理由は、単に「長距離の練習は辛そうだから」です。 そんな私も、大学1年生の冬、何を思ったかホノルルマラソンへの参加を決意しました。

 参加が決まると、3ヶ月前から1日20Kmの練習の日々が始まりました。今思うと、高校の頃の長距離走大会の距離が31Kmだったこともあり、42Kmも楽勝と高をくくっていたのかもしれません。その時は、わからなかったのです。残り10kmの地獄を・・・。

 今から13年前、1993年12月12日午前5時。ホノルルマラソンがスタートしました。目標タイムは、2時間台! 5km、10km、15km、20kmと順調にタイムを刻んできましたが、 Xポイントは、思ったよりも早く訪れました。 忘れもしない、25Kmポイント。ダイヤモンドヘッドの手前。こんなところで足が止まる予定ではなかったのですが・・・。 30kmポイント。みるみる足は重くなり、もう走っているのがやっとのペースに・ハワイまで来て、リタイアはできない!という気持ちだけで走っていました。 35Km地点。地元の方が差し出してくださったコップを飲み干す私。中身がビールでビックリ! どうにか40km。あと少し。おじいさんやおんなのこにも抜かれていく・・・。 最後は1km7分のペースになりながらも、感動のFinish!!! タイムは、3時間54分36秒。2時間台どころか、ぎりぎり4時間切り。 ゴールした後の、感想は「もう2度と走らない。」でした。

 あれから、13年。今は1kmも走れるかどうかわかりませんが、「もう2度と走らない。」と誓ったマラソンも「また走ってもよいかも」と思いが少しずつ? マラソンの魔力って恐いですね。  ホノルルマラソン

 

こんにちは。栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。

 私は実は、大学卒業まで本という本を読んだ記憶がありません。本を読むのは、時間の無駄だとすら思っていました。(必要に狭まれて教科書は読みましたが・・・) しかし、なぜか社会人になってから狂ったように本を読むようになりました。

 そのきっかけが何かは忘れてしまいましたが、私の記憶の片隅に国立図書館に3年間通い続けて本を読み続けた人の話があります。 その人はインタビュアーの無作為に何万冊も読むことに何の意味があるのかという問いに「一見、無駄なようなことでも、それを繰り返すことによって何かの真理が見えてくる。」と答えていました。 これに感銘を受けたのかどうかはわかりませんが、とにかく暇さえあれば本を読むようになりました。

 本を読むようになって感じたのは、自分一人の人生、経験の限界です。今では本を読むことにより、様々な人の人生や経験を擬似体験することが楽しくなってきました。無知の知の確認とでも言うのでしょうか、いかに自分が何も知らないのか解ってくると、どんどん色々なことを知りたくなってきます。本を読んだ自分と読まなかった自分、その差を考えるともう本を読まずにはいられません。

  一番読んでいたのは勤務医の時で、朝の電車、仕事中(患者さんがいない時!)、昼食中、帰りの電車、家に帰ってからと起きているときの8割は読んでいたと思います。新婚当時は、本を読みながら、テレビを見ながら、妻の話に相槌を打つという離れ業をやっていました。(今でもやってます)ボーナスが入ると妻には内緒で十?万円くらいは本代に使い、そのためか小山への引越しの際、荷物の半分以上(ダンボール20箱)が書籍でした。(引越し業者さんには大変ご迷惑をおかけしました。

 これからも医学系、自然科学、心理学、経営学、歴史学、新書、漫画etc ジャンルを問わず、時間の許すかぎり本を読んでいきたいと思っています。 多読の向こうに何があるのかはわかりませんが・・・。

こんにちは。栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。

  早いものでもう12月ですね。 いままでクリスマスはあまり意識していなかったのですが、今年は妻に促されて、病院にイルミネーションを飾ることになりました。

 いざ、やるとなると凝り性の私としては、1日でホームセンターまで3往復。 屋上からは青と白の雪をイメージしたLEDライト、クリスマスツリーをイメージした金色と白のライトによる装飾。 玄関には、2mのツリーとサンタくまさんとスノーマンライト 我ながら中々の出来映えで患者さんから「業者さんにやってもらったの?」と聞かれるほどです。1度見に来てくださいね。

 イルミネーションの光によって、当院にいらした皆様が少しでも安らかな気持ちになっていただけたら幸いです。 須賀神社参道の入り口で、キラキラ光る歯科医院。それが丹野歯科医院です。  クリスマスツリー 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。

 今日は私の学生時代のアルバイト歴を紹介します。

 私は中学のころから、高校、大学と約10年間陸上競技部に所属していました。365日中300日ぐらいは走り漬けの毎日でした。 そんな陸上付けの毎日も大学4年のときに引退となり、忙しい毎日に慣れていた私はそこからアルバイト漬けの毎日となりました。(注:歯学部は6年まであります。)

 それまでも家庭教師はしていたのですが、これからの医療はコミュニケーション能力が大切だ!と思いサービス業を中心に面接に行きました。

1.札幌駅近く某老舗ホテル最上階のフランス料理屋のウェイター   

 大学が4時半に終わると、そのまま5時にはホテルに入り夕飯抜きで 11時まで6時間働いていました。立ち仕事は本当に辛かった。そのため に買った靴がすぐにボロボロになってしまいました。  お客さんが手を付けなかった食事を見つからないように裏で食べていたのが 良い思い出です。(キャビアやフォアグラはあまり残してくれませんでした

 2.サッポロビール園のウェイター 

 夏場だけでしたが、観光客の人で常に混んでいて、毎日が戦場でした。 ここのジンギスカンはお薦めです。サッポロにお立ち寄りの際は是非。

3.スポーツクラブのインストラクター  

 ジムでトレーニングに励む人のサポートをしていました。サポートと言っても、エアロバイクに乗っている人の話相手になってあげたり、 長く続けられるよう応援してあげたりするのが仕事でした。  アットホームな雰囲気を大切にするクラブで、働いて本当に楽しかったです。

4.プロ野球観戦のビールの売り子   

 年に何回か札幌にやってくるプロ野球(主に巨人戦)のビール売りです。 現在は、女の子がタンクを背負ってやっていますが、その頃は、缶ビールを 前のトレーに抱えながら行う力仕事で男子学生がやっていました。  私を御贔屓にしてくれて何杯もビールを買ってくれたファースト寄りの おじさん、おばさんありがとうございました。

 その他、ちらし配り、薬の人体試験バイト、通行料調査等様々なアルバイトを経験してきました。  

 今考えてみると、本を読んだり、勉強したりしたことよりも、この頃の実体験が今の仕事に生かされているような気がします。 (もちろん勉強も頑張ってましたよ!)  仕事って、いかに関わった人を幸せにできるかですよね

こんにちは。栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。

 皆さん、手塚治氏の名作「ブラックジャック」はご存知ですよね。漫画の中のブラックジャックは、自分で自分の身体を手術することが何度かありました。 何を隠そうこの私も、自分で自分の治療をしたことがあります。

 私の犬歯は、小さい頃から八重歯でした。歯科医師として矯正治療を行っている身としては、自分でも理想的な歯並びを実践しないと!と思い東京の原宿にある加治矯正歯科の加治先生にお世話になっています。

 その際、犬歯の後ろの歯を4本抜かなければならなかったのですが、その4本のうちの上の2本を自分で鏡を見ながら抜きました。

  いざ麻酔の注射となると、針をさす瞬間かなりためらいましたが、いきおいでズブッと打ち込みました。 (徐々に痺れていく感じがなんとも言えず・・・)その後、鉗子(かんし)というペンチのようなものを使って抜きます。(歯を掴んで横にグラグラ揺さぶった後、、下のほうに引っ張ります。)1本目は、難なく抜けたのですが、2本目はかなり力をいれても抜けず 血の気が引くのを感じた瞬間スポッと抜けてくれました。 医院のスタッフや妻から変態扱いされたのは言うまでもありません。

 その後、自分の親知らずの抜歯に挑戦しましたが、さすがに無理でした。 今思うと、我ながら無謀なことをしたものだと感じています。(素人は絶対に真似しちゃダメですよ!)

こんにちは。栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。

 歯医者さんで何が嫌かって、それは麻酔の注射ですよね。

 ブスッ!ズブッ!グリグリ!って感じが嫌ですよね。 歯科医師にとって麻酔の注射を打つという行為は、ルーティーンワークです。多い日には、一日に何十回も麻酔を打ちます。忙しかったりすると、どうしても早く打ってしまったりもします。 ただ歯科医師にとっては何十回分の1でも、患者さんにとって、自分の1回だけが特別なんですよね。 だから私は、一撃必殺?の無痛麻酔を目指して日々精進しています。

 今日も診療中こんな会話が聞こえて来ました。患者さん「今日は麻酔を打たないんですか?」スタッフ「??え?さっき打ちましたよ?」患者さん「え?麻酔って注射ですよね?ぜんぜん何も感じませんでしたよ?」スタッフ「よかったですね。もう麻酔は終わりましたから、もう痛くないですよ。」患者さん「麻酔が痛くなかったのは初めてです。凄いですね!」 私は聞き耳を立てながら、心の中でガッツポーズです。

 私の中での麻酔の成功の基準は、成功:麻酔をしたことに気付かれなかった時失敗:目じりがピクッと動いた時論外:患者さんが痛みを覚えた時です。私が考えた4段階麻酔を実践するようになってから、麻酔を気付かれないことも多くなりました。(痛くしてしまった患者さんスイマセン

 これからも無痛の極意を極めるため日々精進していく所存です!応援よろしくお願いします!

こんにちは、栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。

 今日は、午前中にインプラント手術を終えて、午後から東京で妻の昔の職場の同期と会食をすることになりました。

 その子は今フランスの航空会社で働いていて、フランス人と結婚しています。今回はご主人も一緒に帰国ということで、東京での会食となりました。 そこで驚いたのはフランス人の歯に対する意識の高さです。 その子は、美人なのですがわずかに犬歯が八重歯ぎみです。日本では問題のないレベルです。しかしその子はフランスでことあるごとに、「その八重歯はなぜ抜かないのか?」「八重歯を抜かないのは、何か全身的な病気があるのか?」と言われるそうです。 旦那さんにも「出っ歯を治せ!八重歯を抜け!」と言われるそうです。でも奥さんは矯正は嫌らしく、何かと口実をつけて逃げているようです。 私が「うちに来れば安く治してあげるよ!」というと、旦那さんは「日光に旅行に行くふりして小山で降ろしてしまおう!」と本気で考えてました。 フランスでは八重歯はNGのようです。 フランス旅行に行く前には、皆さん矯正をしましょう!

 

こんにちは、栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。

 アメリカの歯科治療には、日本で言うところの銀歯や保険の前歯がありません。ですから、被せ物を被せたい時には必然的に高価なセラミック系やゴールド系のクラウンになります そうなってくるとお金がある人は良いのですが、経済的に恵まれてない人は、被せ物を被せる費用を捻出できないため、抜いてしまう場合も多いのです。上顎なんかは総入れ歯の安定性が良い為、若くして全部抜いてしまって総入れ歯にしてしまう人すらいます。

  その点、日本には国民皆保険システムがありますので、最低限の治療が保障されています。どんな人でも歯抜けにはならないし、前歯に銀歯を入れずにすむのです。(安い!上に歯を大切にしないという話もありますが・・・)

 アメリカでは歯の治療にはお金を惜しまないという傾向があります。お金さえあればそれに見合った治療をしたいと思っているのです。日本では必ずしもそうとは言えません。 ブランド物のバッグを持って、保険の前歯や銀歯を入れている日本人をアメリカ人は不思議に思うそうです。

こんにちは、栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です 今月まで5ヶ月間、原宿でSJCDマスターコースに参加しました。 主催の山崎先生は歯科審美の第一人者で、人間的にも大きな人です。患者様には各界の著名人や芸能人の方が多くいらっしゃいます。この講習会で審美歯科治療のエッセンスを多く学びとることができました。ちなみに父とは大学で同級生だそうです。 開業してからずっと、月に一度は土日の研修会に参加していたため、スタッフは木日休みの他に必ず土日連休がありました。今月からは当分長期の研修会の予定はないので、連休は当分おあずけです。スタッフのためにも、また研修会に参加しないと・・・ 研修会で学んだ知識と技術を患者様に還元できるよう頑張ります!

こんにちは、栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。

一つに歯科医学と言ってもさまざまな分野に細分化することができます。

皆さんにとってはなじみのないものばかりかと思いますが、結構沢山あるのですよ。

(歯科医学の細分化)

予防歯科・保存歯科1・保存歯科2・保存歯科3・補綴歯科1・補綴歯科2・矯正歯科・歯科口腔外科1・歯科口腔外科2・小児歯科・高齢者歯科・障害者歯科・スポーツ歯科・睡眠歯科・歯科口腔解剖学1・歯科口腔解剖学2・歯科薬理学・歯科口腔生理学・歯科口腔生化学・歯科病理学・歯科微生物学・歯科口腔診断学・歯科放射線学・歯科口腔理工学・歯科麻酔学・歯科口腔形成学

 

はじめまして、栃木県小山市 丹野歯科医院 院長 丹野努です。 札幌7年、東京7年。今年の3月から生まれ故郷の栃木県小山市に戻ってまいりました。父の医院を継いで、開業してからは本当に忙しい毎日でしたが、半年が経ちどうにか落ち着いてきましたので、仕事や日常生活において起きた出来事を徒然なるままに書き留めてみたいと思います。 どうか温かく見守ってください。